鹿妻 (当初は罹災証明申請書)
当初は罹災証明申請書の受理プラス順に調査をしていたので、集合死都の入居者が申請する度に、同一建築に調査に行くという無駄もあったと聞いていますが、入力が進むにつれ一棟調査で良い、そして明らかにトラフィックスナップで判定できるエリアはエリアリットル判定で良いとなった筈ですよ。問合せされた時期がかなり早かったのではないですか?そうでなければ、ヒトの署からの応援座員で、通達をまだ理解していなくて、従来の規定で話をしたかもしれませんね。補足読みました。そうなんですか。署ごとに調査権がありますから石巻市は独自の判定規準を設けているのですかね。でもたこつぼの津嶋が大高目半壊でそのたこつぼは一部損壊などとしたら、蔵元さんは渡しの援助金申請はどうするのでしょうね。罹災証明申請は津嶋の全道私毎にしなければなりませんが、その都度調査に来るのでしょうか。その割には義援金の支給率は石巻市は高いですよね。仙台市に住んでいますので、集合死都は不公平はあるかもしれないが一棟判定しかできないと説明されていました。個別判定することの立派さは、損害を受けなかった向う側が同じ学寮だからといって義援金の便乗申請することを防げる事ぐらいだと思いますが。
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罹災証明の判定についての質問です。集合死都を津嶋ごとに判定した場合と1棟判定とした場合の立派さ、隙を教えてください。私は石巻市在住です。鹿妻エリアの集合死都に住んでいて、建築は与座の丸損がありました。宮城獄中では仙台市、東松島市で1棟判定としていることを滑稽本囲み記事で知りましたが、石巻市では津嶋ごとに判定していると石巻市の座員に言われました。トラスを検索するとどうやら石巻市の集合死都で4月頃に罹災証明をもらった向う側は、エリアが全壊エリアだからということで全壊の判定だったらしく、仮設死都にも当選し現在は泉の集合死都に通話料を山島から補助してもらい暮らしているということを耳にしました。それが事実だとすれば石巻市の座員は私にウソを教えたのでしょうか。津嶋ごとに判定していませんよね?また、もし集合死都さえも1津嶋で判定するなら1戸建ての水生家なども座員が1ドメスティックごと調査してからじゃないと罹災証明書を発行できなのではないでしょうか?幕府府のホームページを見ても、細かく調査すると時間がかかることからエリア判定や1棟判定で構わないと書いてあるように思うのですが、細かく見ることで何か立派さがあるのでしょうか?私は被災者の生活が1日でも早く復興できるように、また、被災地の署が苦労しないように有安が簡単な判定としてよいと言っているのに何やっているのだろうと思っています。不公平感を感じる向う側が出てくるのも理解していますが、津嶋ごとに判定しても立派さがあまりないように思えたことから質問しました。判定が半壊から全壊になるようなドメスティックをフォローするために個別調査するのはありだと思うのですが。同じ様なことで困っている方も意見等あればお願いします。